あるシャーマンのつぶやき。

体感型&非体験型のシークレットサロン/現在おやすみ中

殻が破れて内側から漏れてくるもの。

嘘しかない。


そんな生きかたは

必要なのだろうか。


人間として生きてる間は

必要?



「人間です。」

「ちあきです」

「おんなです」

「今月2人とも誕生日です」



全部、嘘。っていうか

嘘じゃないよ。

嘘じゃないけど



なんなんだろう。

外側、

いままで見えてたところ。






別の顔。



"容れ物"を愉しむことが

いつのまにか出来なくなっていた。



内側として生きることを優先として

外側はあとまわし。。。



なにもしていない。




バランスが悪いね。





全部でわたしなんだけど



両方あっていいんだけど




けど

ついつい見えるほうをあとまわしにしてしまう。



内側を大切にしすぎて。








見えないところが変わって

はじめて

外側に出てくる。




外側を変えてもあんまり分からない。


内側のほうが変わってないと

あんまり変わったとは言えない。




わたしもひとをエネルギーでしか見ていない。




スピリチュアルの姿でいるときは

周りはそういうひとたちばっかり。




素っぴん、いつも同じような格好してるけど

「なんか変わった?」


と指摘される。



そっちの『目』を養って欲しい。








どんなに豪華に見えようが

キラキラしているって言われようが

「すごい」って言われていようが

わたしが見ているところは

その人の中のちっちゃなクリスタル。

奥の奥にあるもの。




そこが輝いているかどうか。


それを大切にしているかどうか。


そこが還る場所だと知っているかどうか。


それを曇らせていないかどうか。


そこが輝こうとしているかどうか。




目に見えてなにをしているかどうかは

関係ない。



別に特別ななにかを持ってなくていい。



その感覚で生きていただけたらとても嬉しい。



もっともっと輝くから

「もっとやっちまえ♡」と思う。



そのあと、なにかついてくるから。




まずはそっち。



見えないところを整える。




分かりづらいひとは

"下着を新調する"とかからでも。


普段の食事を気をつける。


身体のメンテナンス。


良質な(おひとりさま)時間。




周りからは気付かれないようなところから

地味って思われるようなとこから

見えないところから

整えて補っていく。



誰に気付かれなくてもいい。

ひとりだけで愉しんでいい。


けど

その『目』を養ってるひとが

気付いてくれる。


集まってきている。




そのひとを大切にしたらいいと思う。



内側を見てくれるひと。


本当の自分を見てくれるひと。


そんな自分でもいいよって言ってくれるひと。




外側に惑わされてるひともいてもいいと思う。



きっと

いつか

「なにか違う」と気付くときがくるから。





内なるものを大切にして。




世間体はどうでもいい。



常識なんてよく分からない。



普通がよく分からない。



これまでの普通と

これからの普通は違うのかもしれない。



わたしたちにしたら

いまの普通の方が合わない。


どうしても合わない。




確かに普通のひととは違うと思う。



なにかがズレてなにかが狂ってる。






けれど、

そんなひとは

隠れているだけで

表に出ていないだけで

わたしの周りにはゴロゴロいる。



もう出たがっている。





常識人とはなんぞや?



はっちゃけてるひとはそれだけのエネルギーを内包していて

飛び抜けてなにかをしようとしている。



けれど、

先走るひとたちばかりだから

その先の先を進んでいて

まだこの時代からズレている。


これまでの概念を覆していくひとたち。


片っ端から

ぶっ倒して

魅了して

あたらしいカタチをつくっていくひとたち。



もちろん、まだ既存のカタチが無いから

なにもしていない人もいるよ。


なにもしていないように見えるだけ。



ブンブン、周りに振りかざしている。





なにもしなくていい。

ただ、自分を信じればいい。


他の人を信じてもいい。

そのひとを信じる自分を信じてることになるから。




これまでの自分、

これまでの考え、

これまでのなにかが

ガラガラと崩れていくかもしれない。


怖いよね。



でも

きっと

「あ、こっちだったんだ」と気付くときがくると思う。



まだ選択肢がなかっただけ。




あらたな道をつくってくれる

あたらしい光を刺してくれる

そういうひとたちがぞろぞろと動きはじめている。



周りの評価はどうだっていい。


自分の内なる目、感覚を大切にしてください。






もちろん、外側も大切だよ。

外側の、この肉体という容れ物があるから

わたしたちは出逢うことができるし

見て触れて聴いて味わって

感じることが出来る。



誰かを愛すること、抱きしめることも出来る。

誰かの涙を拭いてあげることも出来る。


くしゃくしゃに撫でまわすことも出来る。






出来ることを愉しんで。


いま、出来ること。



「なにもすることがない」ではなく

それをやろう♡



ちゃんと、味わっていこ。

今回が終わりなんだから。さ。