∞tipi∞ 自分に還る旅。暮らしとスピリチュアル。

体感型&非体験型のシークレットサロン/fukuoka

つぶやき 2

わたしが生きてるって知らなかったよ。


ずっと拒んでた。生きるのを。


それすら知らなかった。




生きるってなに?



人生の約半分看護師してるけど

未だにわからない。



息をすること?


息はまだうまくすることが出来ない。


浅い。



この世界にはまだ馴染めない。



順応しない。



生きる場所がない。



なにも言えない。



なんもないよ、なんて誰が信じるんだろう。



生きる術を教えて欲しい。



ご無沙汰しています。

お元気ですか?


わたしはいま、なにもやっていません。笑


誰にも会わず、やりたかったことを徹底して気の赴くまま過ごしたり過ごさなかったり。


誰もいないんだから、誰にも会わない。

と言ったら

また意味不明と言われるのでしょうか。



今日はお友達に会いに行きました。

そこには友達は居ませんでした。

わたししか居ませんでした。


そんな感じです。

結局、わたししか居ない。




いまは来年に向けての準備中です。

足したり、引いたりしてます。



結局、わたしはなにも出来なかった、ということを改めて思い知らされました。


実は、わたし、なにも知りません。

なにも出来ません。


「知ってるやん、出来るやん」と言われ、

それに憧れてたわたしは出来てる風を装ってましたが


実はなにも出来ないのです。


身体を貸してるだけで空っぽ。



知らないことを分かり、

なにも出来ないことを分かり、

誰でもないことを分かり、

なにもないことを分かり、

あゝ無情。



真っさらです。



なにも出来ないということのひとつに

人の話も聞けない、が加わりました。


難しくてなにを言ってるのかがわからない。


それよりも、ミエナイ存在やモノの声を受け取り伝えたいと思っています。

可能ならば。



分かりたい、分かりたい、というひとも結構いると思いますが、

分からなくてもいいんだと思うのです。



ご自身に、分からなくてもいいよーーと声をかけてあげてください。




分からなくても、生きている。

ただ分かるのは、わたしはなにかあたらしいものをつくっていくということ。

それがなんなのかはまだよく分かりません。

やってることがそれなんだと思います。


分からないことを分かってるのだから、もうそれ以上詮索しないようにしています。


これまでのあたりまえが全部崩れ落ちたイメージです。


わたしだと思ってたひとがわたしではなかった。


衝撃過ぎませんか?



あたりまえ、は幻想でした。



なにもありませんでした。




オーノー。




いまは落としていったものを1つずつ拾い上げていってます。


きっと、材料は同じでも違うものが出来るんだと思います。



いっかい、死んだのかな。




来年、またあたらしく生まれ変わります。



それまではゆっくりしていたいと思います。

憧れ。

ずっと憧れてた。


あることを。


いることを。



わたしはいるよ、って。

言い続けてたのは

ずっとここにいたかったから。



いる証明をしたかった。



わたしは本当にここにいるのだろうか?




なにもないよ、って言われたら

わたしが1番パニクるかもしれない。



あって欲しいがために

何処かに繋がる。




わたしで居た。



誰よりもわたしで居た。



わたしでいることで安心出来てた。



今日もいちにちわたしでいれた。


今日も無事、わたしでいることができた。



そんなひといないのにさ。




誰をみてわたしと言ってるんだろう。



そのひとは誰なんだろう。




そのひとはわたしが知ってるあのひと?




知ってるひとだと思ってたけどもう違うんだよね。




ごめん、たぶんもう無理なんだよね。



誰でもないひとを演じるのは。




自分は自分にいちばん近い他人。

こんばんは。

 

お元気ですか?

 

わたしは元気です。

 

今日から10月ですね。

 

びっくりですね。

 

 

2桁になっちゃうとびびっちゃいます。

 

 

相変わらず、

自分にコミットしてます。

 

 

 

まず、自分について知ろうとしてます。

 

 

 

わたしはなんか知らないけど

興味を持つひとを変化させ加速させるという

そんな傾向があります。

癖?

 

その人のいろんなところを見たいんでしょうね。

 

わらってるところ、

輝くところ、

素敵になってくところを見るために

見えないところでなんやかんやして

いろんな姿をみます。

 

せっかちだから

時短で見たい。

 

 

だから"加速系"と呼ばれることもありました。

 

半年もあればいろんな姿を見れる。

 

けど、

お相手が『変わりたい』と思わなければ

その速度は全くで

全然変化はしないか

アクセルとブレーキを踏んでる感じになり、

疲れてしまいます。

 

「変わりたくなかったら近付かないで」と言ったりもしてました。

「手を離してもいいよ」と。

 

それは

わたしもヘトヘトになったことがあったからわかることなのかもしれません。

 

 

数年前、

まだヒヨッコだったとき、

自分がなにが出来るか知りたい!!

なにものか知りたい!!って

矢印が自分の方向を向いてたとき、

めっちゃ自分や周りが変化して、

もう、変化が早くてついていけなくてヘトヘトで

なにがなんだかわからなくなったときがありました。

 

ボロボロでした。

 

そして

「自分はなにものでも無かったんだーー」

「無力でちっぽけなんだ」

っていくところまでいって

絶望を感じたりもしました。

 

とことんやるんでしょうね。

 

「なんもないじゃん!」って。

 

 

 

そのせいか、

自分についていろいろ感じることをやめてたりもしてました。

 

見て見ぬふりというか。

 

なにも感じないようにしました。



わざと感じないようとする。

怖いから。 

 

 

いまはゆるりと

自分のペースで歩いています。

 

 

バランスでしょうね。

 

 

むやみやたらに使いません。

また発動しちゃいます。

 

 

 

あと、

変化はダメだ、とネガティヴなイメージを持ってるときもありました。

 

最終的には自分が求める場所に辿り着きますが

 

途中、自分と向き合わなくてはいけないので

とても辛いです。

 

向き合うことがしんどいということを知ってるからかもしれません。

 

 

見たくなければ、別に見なくてもいいもの。

これまで、避けて避けて通ってきたことなのに

それをまざまざと見せつけられる。

 

 

結構、きついですよね。

 

 

あとは、

「このひとはわたしと会ったせいで進む道が変わったのではないだろうか。

会わなければ良かったのではないだろうか」

勝手に感じて、罪悪感を持ってました。

 

で、逃げてました。

 

巻き込んでるのかもしれない、って。

「あなたの道を歩いてくれ!」と。

 

 

変わることは悪だ、

とどこかで思ってたんでしょうね。

 

実際、変わってるのに。

 

認めたくないんだと思います。

 

 

 

 

 

けど、なんやかんや、

変わって良かったと思います。

 

これまでだったら見れない世界を見れました。

 

知り合わないであろうひととも出会いました。



自分も好きになれました。


 

自分はなにもなくても大丈夫、と思えるようになりました。

 

全部内側にある。

 

 

全部揃ってる。

 

 

もうひとりのわたし、

本当のわたし、

がみている世界をお伝えしようと思います。

 

 

真っ白でなにもありません。

 

誰もいません。

 

ですが、全部あります。

 

わたしたちがそれだと創り出せば

すぐそれがカタチになります。

 

情報も取り出せます。

引き出すことが出来ます。

 

 

あれが欲しいな、と思えばくる。

 

メッセージもそこから。

 

 

別世界のわたし?

 

イメージはそんな感じです。

 

あっちとこっちの間。

 

 

スポットがあります。

 

 

デートスポット?

 

 

繋がりやすいスポットです。

 

 

全部そこで繋がり

そこで生み出されてます。

 

 

そこのわたしは「あー、なんもないなー。でも全部あるなー」ってぼやいています。

 

素粒子の世界。

 

想像すればできている。




真っ白で

綺麗で

でも怖い。




真っ白過ぎて掴めるところがありません。




なにもなくて怖いから、


誰かと繋がりたくなるんだと思います。




でも、キレイだからたまに見に行きたくなります。




息を呑むくらいの美しさです。




 

 

 

ここ最近、

誰にも会わず

そこをまた取り戻し、

繋がることを意識して

そこからまたはじまることをいろいろ調べようとしています。

 

 

全部が出来上がるところ。

 

 

わたし自身、あまり勉強してこなかったし

資格系もないから

そこにコンプレックスがありました。

 

あ、これに答えが書いてあるな、と本を買っても

あまり読まないし

途中で飽きるし

買っても読んでない本がたくさん。

 

 

いまはそれを読んだり読まなかったりしながら

疑ってるところを紐解いて結びつけています。

 

 

感覚の裏付けをしたいんでしょうね。

 

そして自分のものにしたいんだと思います。

 

 

 

 

現在、

個人セッションはお断りさせていただいていて

 

 

グループでの儀式的な集まり?

shamanismワークショップをしています。

本当の自分に還ることを目的にしています。

光を与えてくひと、

なにかお役目があるひと、

担っていくひと、

これまで生きづらかったひと、

なんかピンときたひと、

是非この機会にどうぞ。

 

 

感じたままに行なっていく作業です。

 

 

第2回目は

11月2日です。

 

13時から15時半くらいまで。

最大人数5人。

料金23,000円です。

 

 

頭に触れたりさせていただいてます。

また、床でのワークですので

座りやすい格好で来られてください。

ひっそり静かな時間を是非日々のなかに与えてみませんか?

あたらしい自分になってみませんか?

 

あたらしい自分は

本当の自分なんだと思います。

 

出会えて、ともに生きていくことを願います。

 

 

"自分"とは

いちばん近い他人だと思います。

 

わたしだけれど違うひと。

わたしはこの人のために生きたいと思ってます。

 

それがあたらしい自分、じゃないかな。

 

出会えた歓び。

 

 

わたしに出会えたということは

その人にも出会えるんだと思います。

 

 

 

出会うために生きてきたんだもの。

 

 

 

 

 

個人差はあるんだと思います。

 

それまでの積み重ねや

自分への熱量、

あとはこれからの向き合い方。

 

いっこいっこ、向き合っていかれてください。



ちょっと、自分だけに繋がってみてください。

 

 

ワーク後も続いていきます。

 

 

 

変化されたくないかた、

これまでの自分にサヨナラ出来ないひとは

ご遠慮ください、と伝えたら

ハードルが高いのかな?

 

 

でも、ちょっとの期間だけでも

向き合うところを変えたらまた違うかもです。

 

 

変わりたかったら

生きかたも変わります。

 

自分が変わり、

付き合うひとが変わり、

そしたら環境も変わり、

生きかたが変わります。

 

これまでの生きかたに違和感を覚えます。

 

 

 

そのあと、また考えてもいいかもしれません。

 

 

2017年もあと3ヶ月ですしね☺︎。





離れてもまた繋がるひとは繋がります。


時期がそれぞれ違っただけなのだから。



 

 

ご希望の方は

タイトルを11/2イベント・慈雨

とし

お名前

ご住所

お電話番号

を記し

kurashitrip@gmail.comまでご連絡ください。

 

3日以内に確認し返信させていただきます。

 

先振込にさせていただいてまして

お振込み確認の時点で予約完了になります。

 

 

住所は

福岡市中央区です。

 

予約確定後

詳しい住所をお伝えします。

 

 

 

また、10月17日のイベントも

もう少し受付けいたします。

 

そっちは第1回目でもありちょっとお安くなっています。

 

 

tipi.hatenadiary.jp

 

お申込みいただいたかたは

もう変化があってるとのことです。

 

もう、そっちの道に進もう、と

自分で道筋を決めたからです。

歩く方向を変えて、

お金を振込み、

行動に移したことで意思を固めて

もうその段階から始まってます。

 

 

ご自身がどう選択していくか、だと思います。

 

 

わたしはどちらを選んでもいいんだと思います^ ^。

 

 

どっちの世界もあるし、ないし、

どっちも"良い"。

 

 

自分で組み立てていき

そして自分の世界をつくっていってください。

 

 

 

では!

 

 

問い

それぞれの時代を歩んできて

いま、この時代に産まれてきた。


どこからきて

これから何処へいくのか。


何処を目指しているのか。


おまえはどこへ向かっているのか。



なにを目指しているのか。



その先にはなにがあるのか。



その光の一筋にはなにが込められているのか。



もう始まっている。



その道を歩いている。



明るいのかもしれない。


まだ暗いのかもしれない。


それはもうとっくのむかしに終わってるのかもしれない。



いまを生きてるか?



まだ過去を握り締めてるだけではないのか?



その過去も愛おしかったのもわかる。



けれど


おまえはそこにまだいるのか?



もう景色は変わってることに気付かないのか?



まだ自分というものに気付いていないのではないのか。



もうその幻想を手放してくれ。



おまえはもうそこに居ない。



いまは違うところにいる。



それに気付いてくれ。



周りは遠に気付いている。




いままでとの関係とは決別するのか。



それとも保ったまま進んでいくのか。




時間はあまりない。



そう言われて育ってきたのではないか?



なぜ焦ってる?



なにに間に合わせたかったのか?



なにかあるんじゃないのか?



自分にあった暮らしとはなんだ?



自分はなにをしたかった?



自分と過ごす仲間は誰だ?




もう、自分に嘘をついて過ごすのは辞めにしないか?



あなたはどこに向かっていってるのか?



あなたはなにをしたかったのか?



なぜ、そこにいるのか?



なぜ、あなたは

いまの時代を選んで産まれてきたのか?




誰に会いたかったのか?




わたしはあなたに会いたい。



たったひとりのあなた。


唯一無二のあなた。



光ろうとしているあなた。




もっとあなたを大切にしてください。

すき。

すきだから声をかける。

すきだから気にかける。

すきだから一緒にいたい。

すきだから護りたい。

すきだからいつもみていたい。


すきだから。




昨日、改めてなにをしたいんだろうって思った。


言葉を降ろしたいわけではない。


それはたんなる入り口。


もっと、

自分に気づいてもらいたいひとがいるからではないかな?


自分だけじゃないんだと思う。


そう思ってるのは。



いろいろやってきて、なにを伝えたいのだろうと思った。


なにを通して伝えたいのだろうか?



多分、なにもなくても

自分があればいいんだよ、っていうことに

気づいてもらいたいんじゃないかな。


いるだけで大丈夫なんだよって。



信じれる自分。

信じてもらえる自分。






五感、

手、

目、

口、

耳、




この身体があれば、


だからその自分を愛そうよ、って。



そっぽを向かれ、すべてを失い、

全部

なにもなかったんだって


そういう想いはたくさん経験した。



友達はたくさん失った。


なんだか距離が出来たり。


言えないことが増えたり。


このチカラがあるからかなんか期待されたり。



わたしはそんなんじゃない。


便利な道具じゃない。



そんなわたしも自分を都合よく使ってたんだと思う。




お客さまからのメールに

ひとりになるのが怖いんだと思います、



そういう類のことが書かれてあった。



確かに、怖い。



1人が好きだけど

独りは怖い、のかな。



どこかに繋がりを持とうと何回もした。


けど周りに合わせてしまうわたしは

次第に全部が言えなくなる。


はみ出る。


また浮くのが怖いから

その枠でいようとする。


制限してしまう。



いつの間にか、無所属になった。




わたしも実際、友達、

そんなに居ない。




友達の定義ってなんだろう?





すぐ相手になったり

分離感がなくなってその感情を受け取ったり

どれが自分か分からなくなるわたしは

定期的にひとりになる。




連絡も遮断する。




そうしないと自分を保てない。



自分を見失ってしまう。




すぐ、ちあきを演じて自分を隠す。


人間になろうとする。




地元の唯一の友達にも。

いつも

「ごめん、引きこもるね」って

ワガママを言わせてもらってる。



会わない期間をつくる。



先日も

「あと3ヶ月、自分に集中させてください」って

更新させてもらった。




ひとりにさせてもらって

純度をあげている。



多分、弱いからだと思う。


すぐ寄りかかろうとして

自分の道を諦めてしまう自分を知ってるからだと思う。



逃げようとしたら

すぐ逃げれる。


見ようとしなかったら見なくていい。



それなのに

もう

自分の場所を知ってしまったから

自分はそれで生きようと思っているのかもしれない。



理解者はそんなにいない。


でも、

敵ではない。



ひとりだから戦う相手もいない。



比べるひともいない。




いまは自分に繋がることを意識してるから

周りに誰ひとり居なくても

どこか安心感がある。



ま、いっかーって。



自分には自分がある。



本気で向き合って出来上がった

唯一無二のものがある。



ここ数年、向き合ってきた証なんだと思う。




いじめたりスパルタだったり、

嫌われるようなことは自分にもたくさんした。



鬼、だったと思う。




お客さんにも

厳しめだったと思う。


感覚は確かなものだし

絶対大丈夫だから!!

って

感覚と信じること、それを

いろいろ与えるなかで実践しておいで!

って帰す。


自分で感じて

自分で選択して

自分で行動して。。。



「大丈夫、大丈夫。そのままで大丈夫だから」って。



絶対うまくいく、って。



信頼すること、

あとは確信すること。


なにがあろうと大丈夫なんだって。


不安があってもいい。

不安は否定される存在ではない。


あなたが否定される存在ではないことと同じこと。


勝手に「不安はダメだ」って否定されるためにあるものではない。


大切な感情。


大切なあなたから出てきたものだから大切なものじゃないかな。


愛おしいものじゃないかな。





優しさの定義ってなんだろう?って思う。



全部やってあげるのは簡単なこと。



でもさ、身につくのかな?



為になるのかな?



経験して気づくこともあるし

自信にも繋がる。


そして経験してると言葉にも奥行きができる。



伝えることができる。


経験者の言葉に勝るものはないんだと思う。





その感情を味わえるのは

身体があるから出来るんだと思う。


カルマを昇華出来るのも

身体があるから出来るんだと思う。



それを生きてるうちに出来なかったら

また次でやるの?




もう充分じゃないかな。



もう充分生きたよ。



もういいんじゃないかな。



まだ楽しみたいんだったらいいんだけど

その邪魔はしないんだけど


もう辞めようよ、って思う。



わたしはもう次のステージに進んでほしい。