∞tipi∞ 自分に還る旅。暮らしとスピリチュアル。

体感型&非体験型のシークレットサロン/fukuoka

すき。

すきだから声をかける。

すきだから気にかける。

すきだから一緒にいたい。

すきだから護りたい。

すきだからいつもみていたい。


すきだから。




昨日、改めてなにをしたいんだろうって思った。


言葉を降ろしたいわけではない。


それはたんなる入り口。


もっと、

自分に気づいてもらいたいひとがいるからではないかな?


自分だけじゃないんだと思う。


そう思ってるのは。



いろいろやってきて、なにを伝えたいのだろうと思った。


なにを通して伝えたいのだろうか?



多分、なにもなくても

自分があればいいんだよ、っていうことに

気づいてもらいたいんじゃないかな。


いるだけで大丈夫なんだよって。



信じれる自分。

信じてもらえる自分。






五感、

手、

目、

口、

耳、




この身体があれば、


だからその自分を愛そうよ、って。



そっぽを向かれ、すべてを失い、

全部

なにもなかったんだって


そういう想いはたくさん経験した。



友達はたくさん失った。


なんだか距離が出来たり。


言えないことが増えたり。


このチカラがあるからかなんか期待されたり。



わたしはそんなんじゃない。


便利な道具じゃない。



そんなわたしも自分を都合よく使ってたんだと思う。




お客さまからのメールに

ひとりになるのが怖いんだと思います、



そういう類のことが書かれてあった。



確かに、怖い。



1人が好きだけど

独りは怖い、のかな。



どこかに繋がりを持とうと何回もした。


けど周りに合わせてしまうわたしは

次第に全部が言えなくなる。


はみ出る。


また浮くのが怖いから

その枠でいようとする。


制限してしまう。



いつの間にか、無所属になった。




わたしも実際、友達、

そんなに居ない。




友達の定義ってなんだろう?





すぐ相手になったり

分離感がなくなってその感情を受け取ったり

どれが自分か分からなくなるわたしは

定期的にひとりになる。




連絡も遮断する。




そうしないと自分を保てない。



自分を見失ってしまう。




すぐ、ちあきを演じて自分を隠す。


人間になろうとする。




地元の唯一の友達にも。

いつも

「ごめん、引きこもるね」って

ワガママを言わせてもらってる。



会わない期間をつくる。



先日も

「あと3ヶ月、自分に集中させてください」って

更新させてもらった。




ひとりにさせてもらって

純度をあげている。



多分、弱いからだと思う。


すぐ寄りかかろうとして

自分の道を諦めてしまう自分を知ってるからだと思う。



逃げようとしたら

すぐ逃げれる。


見ようとしなかったら見なくていい。



それなのに

もう

自分の場所を知ってしまったから

自分はそれで生きようと思っているのかもしれない。



理解者はそんなにいない。


でも、

敵ではない。



ひとりだから戦う相手もいない。



比べるひともいない。




いまは自分に繋がることを意識してるから

周りに誰ひとり居なくても

どこか安心感がある。



ま、いっかーって。



自分には自分がある。



本気で向き合って出来上がった

唯一無二のものがある。



ここ数年、向き合ってきた証なんだと思う。




いじめたりスパルタだったり、

嫌われるようなことは自分にもたくさんした。



鬼、だったと思う。




お客さんにも

厳しめだったと思う。


感覚は確かなものだし

絶対大丈夫だから!!

って

感覚と信じること、それを

いろいろ与えるなかで実践しておいで!

って帰す。


自分で感じて

自分で選択して

自分で行動して。。。



「大丈夫、大丈夫。そのままで大丈夫だから」って。



絶対うまくいく、って。



信頼すること、

あとは確信すること。


なにがあろうと大丈夫なんだって。


不安があってもいい。

不安は否定される存在ではない。


あなたが否定される存在ではないことと同じこと。


勝手に「不安はダメだ」って否定されるためにあるものではない。


大切な感情。


大切なあなたから出てきたものだから大切なものじゃないかな。


愛おしいものじゃないかな。





優しさの定義ってなんだろう?って思う。



全部やってあげるのは簡単なこと。



でもさ、身につくのかな?



為になるのかな?



経験して気づくこともあるし

自信にも繋がる。


そして経験してると言葉にも奥行きができる。



伝えることができる。


経験者の言葉に勝るものはないんだと思う。





その感情を味わえるのは

身体があるから出来るんだと思う。


カルマを昇華出来るのも

身体があるから出来るんだと思う。



それを生きてるうちに出来なかったら

また次でやるの?




もう充分じゃないかな。



もう充分生きたよ。



もういいんじゃないかな。



まだ楽しみたいんだったらいいんだけど

その邪魔はしないんだけど


もう辞めようよ、って思う。



わたしはもう次のステージに進んでほしい。