∞tipi∞ 自分に還る旅。暮らしとスピリチュアル。

体感型&非体験型のシークレットサロン/fukuoka

いつも中心は静かでいたい。

なにがしたい?


そこからはじまる旅。



もっと楽に暮らしたい。

楽しく暮らしたい。

自分らしくありたい。

そのままでいたい。

豊かでいたい。


そして

静かに暮らしたい。


自分に正直でありたいし、

自分に寄り添って生きていきたい。


もっとこころの声に従って生きたい。



ガヤガヤは苦手なの。

内なる静けさを感じていたいの。

自分を感じていたいの。



やりたいことやって

それで生きていきたいの。



自分のペースは乱されたくないの。




特になにがしたいっていうのはない。


ただ、心地のよいものに埋め尽くされたい。



世の中は

「もっと希望を持ちなさい」とか

「頑張りなさい」とか

メラメラ心を持つように言われてるけれど


わたしは

やっぱり自然体でゆるりとやれることをやりたいときにやっていきたい。



残りの人生、どう生きるか。



余生といったらあんまりかな。

どう在りたいか。

どんな生きかたをしていきたいか。




好きなものに囲まれたいな。


心穏やかに生きていきたい。




だからね、

自分にとっての"あたりまえ"を創るの。

自分の中の"普通"を大切にするの。



自分にとってあたりまえのことが

他のひとの『すごい!』になってたりする。



こっちとしては「なにが?」になるよね。

あたりまえ過ぎて普通過ぎて

魅力もなんにも感じない。


けれども

それに「ありがとう」って言ってもらえる。


こちらとしては「こちらこそありがとう」。

「そこに目をつけてくれてありがとう」。



その褒め言葉をありがたく受け取ろう。

全部がギフトなんだから。





わたしね、

spiritualを捨てようとしてた。


捨ててもね、

リーディング、ヒーリング、チャネリング

そういうのは

もうわたしの中であたりまえになってて


わたしの一部になってるの。



わたしはspiritualをやりたかったわけではなくて

わたしを知ってわたしをやりたかっただけ。


専門家ではないから、

別にspiritualやってます、っていうのがなくて


ただ

"わたし"をやってただけ。



なにが出来る?って聞かれても


うーーん。

"わたし"しか出来ない。


それに名前がないからさ

「なにも出来ない」ってなるんだよね。



ただ、ただ、

出来ることをやってるだけ。


それがミエナイセカイのことだっただけ。



もっと芸術家系だったらなぁーって思うよ。


キレイなもの

ハッと息を呑むもの


そういうものを創れるひとだったらなーって。



けど、

生きかたもアートなんだと思う。


その人らしさをもっと光らせて

これからの生きかたが変わっていく。


全部がアートなんだと思うんだ。



そういうのをわたしが出来ることでやっていけたらなぁーって。


選択肢のひとつにミエナイセカイのものもあっていいんじゃないかな?




"わたし"が出来ることをもっと表現していこうよ。



外側よりも内側。



もっともっと大切にしよう。



ミエナイものをもっとうけいれよう。


ミエナイものにも価値を置こう。



キスするときは目を閉じるよね?

神社で手を合わせるときも目を閉じるよね?



それはどうして?

みんながそうするから?


目の前にあるものを大切にしてるからじゃないかな?

見えなくても感じることが出来るんじゃないかな?

感じたいからじゃないかな?



もっと自分を感じよう?


ここにいる歓び。


大丈夫、ひらけてくるから。


もっとオープンにしよう。





なにも出来なかったわたしが

しにものぐるいで

いろんなもの取り入れたり削ぎ落としたり

破壊したり再生したり

ここ数年やってきたけれども


やっぱりわたしは"わたし"しかやれなかったし

spiritualが好きっていうわけではなく

"わたし"が好きだったんだなーってことを知れて良かった。


なんやかんや言いながら好きだった。


知る旅が終わってみれば、

大きなギフトも手にしてた。



あってもなくても良かったんだと思うけど

それも含めての"わたし"なのかも。




もっとラフに生きていきたいなーと思います。