∞tipi∞ 自分に還る旅。暮らしとスピリチュアル。

体感型&非体験型のシークレットサロン/fukuoka

ほんとのわたしって?

夏至のこと。

 

友達とメールしてて

「うんちゃらかんちゃらを本にしてみたら?」

と言葉をいただいた(内容は内緒♡)。

 

 

数年前、

「どういうカタチかわからないけれどいつか本を出す。」

と言ってたのを

ふと思い出した。

 

綺麗さっぱり忘れていた。

 

ふつーに忘れていた。

 

 

びっくりした。

 

 

多分、友達もびっくりしただろう。笑

 

 

 

 

すぐ忘れるわたし。

 

 

なにをしたかも

なにを言われたかもすぐ忘れる。

 

 

基本、忘れっぽい。

 

 

 

小さな頃から

そんなわたしは

叱られてきた。

 

 

 

 

ちがうところによく行くからだろう。

 

 

 

 

そして

ふと。

 

自分は誰だっけ?って

なった。

 

 

 

あれ?って。

 

 

 

 

(たまにある)

 

 

 

名前は分かる。

必要なことはソラで言えるよ。

覚えた。

 

ルーチンでやってることも分かるよ。

 

身体が勝手に覚えてる。

 

その通りに動けばいい。

 

 

頭の中にぼんやり映像化されるし。

 

 

 

身体に染みついている。

 

 

 

 

 

 

あとは。。。

あとは

相手に合わせればいい。

 

出来る限りのことをすればいい。

 

 

 

 

 

 

で、わたしは誰?

 

 

 

 

 

 

名前はちあき。

 

 

あとは?

 

 

長女として生まれてきた。

 

 

親の言う通りに生きてきた。

 

 

 

あとは?

 

 

 

 

 

 

 

 

誰に聞けばいいんだろう。

 

きっと、

本当の自分は全部まだ誰にも見せていない。

 

 

見せてるけど

見せていない。

 

 

全部わたしだけど

わたしではない。




全部わたしであってわたしではない。

 

 

 

 

あれもこれも忘れたらいけないと思っていた。

 

 

忘れる自分を責めてきた。




なんもない自分を責めてきた?

 

 

 

けど

もういいかもしれない。

 

 

こうやって

誰かが大切なことは思い出させてくれる。

 

 

 

周りに委ねてもいいかもしれない。

 

 

 

周りに任せたらいいのかもしれない。

 

 

 

 

自分のやれることをやってると

教えてくれるひとがたくさん集まってきてくれる。

 

 

 

 

ありがたいなー。





あと、ストックはないけれど

何処からか引っ張ってきて伝えることもできる。


それも誰かが教えてくれてるんだろう。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしは小さい頃からひとの気持ちとかが

自分の中に入ってきていました。

 

「この子さえ居なければ」

 

それを聞いたときはショックでした。

 

 

 

「あー、わたしは要らない存在だったんだ」

そうレッテルを深く刻みこみ、

全部忘れることにしました。

 

 

 

「全てを忘れると楽になるかもしれない」

わたしの生きる術。

 

 

全部忘れて

全部閉じる。

 

 

わたしが全部封印した。

 

 

 

 

 

それが

ツインに出会い

ここ数年で全部開いてしまった。

 

 

 

 

 

早く進まなくてはいけない。

けれど、もたもた。

 

 

きっと、

傷ついたままの小さなわたしを

おいてけぼりにするのが

辛かったんだろう。




傷付く姿をほっとけない。





傷ついてるのに苦しんでるのになにも出来なかった。



なにも出来ない自分が歯痒かった。









 

 

 

辛くて辛くて仕方なかった小さなわたし。

 

 

 


存在を否定された。

 

 

「気持ち悪い」って言われた。

 

 

 



ちょっと思っただけなのかもしれない。

 

 

けれどわたしの無防備な身体に

重く重くのしかかっていた。

 

 

 

親の何気ないミエナイひとことが

いまも自分のなかでループする。

 

 

 

言葉って怖ろしい。

 

纏わりつくものが怖ろしい。

 

わたしを締め付ける。

 

身動き取れなくなる。

 

 

 

 

 

 

わたしはもうやめた。

 

自分を許そう。

 

楽になる自分を許そう。

 

「もう楽になっていいよ」

「自分を生きていいよ」

「大丈夫だよ。」

 

「もうなにもないよ」

 

 

 

襲ってくる人もいないし

束縛する人もいない。

 

 

いまは周りには

わたしを尊重してくれる人ばかり。

 

好きにやらせてくれる。

 

 

 

 

自分にしか出来ないことをやっていこう。

 

 

 

わからないから出来ることもある。

  

 

固定されずフレキシブルにやっていこう。

 

 

 

自分を生きることはせず

誰かの言いなりになることで誰かを生きてきた。




誰かの記憶を生きてきた。

 

 

 

 

誰かではなく

自分を生きよう。

 

 

 

やりたいことをやろう。

 

 

そう思った、

夏の日。

 

 

 

 

 

 

わたしは輝く姿を見たいけれど、

「もっと輝こう」としているひとしか興味がない。

 

 

「いまでいい」

「このままでいいや」

「わたしすごいよね?」

そのひとたちには

あまり興味がないかな。

 

 

もっと先を見たい。

 

もっとやれるのに。

 

 

もっと輝こうよ。

 

 

輝いてるけどその先にいこうよ。

 

 

けど、

やりたくなかったら

それは自由だから

「別にいいと思うよ」と介入しない。

 

 

 

全然興味がないひとにも興味がない。

 

 

 

「ごめんなさい、わたしも興味がありません」

多分、シンプルなんだと思う。

 

 

 

興味を持ってくれるひとがいるのだから

そっちに注ぎたい。

 

 

 

 

少しずつ輝きを増しているひとも好き。

 

 

 

 

わたしも

もっと先を見ている。

 

 

 

わたしはもう

今のままではいれないのかもしれない。

 

 

 

それがちょっと心残りかな。

 

 

だから

いまを愉しんでるんだ。

 

 

 

今しかできないことを思いきりやって

次へ進む。


わたしにしかできないことを思いきりやって

次に進む。





わたし=いま=present




presentの箱を開く。


ワクワク、ドキドキ、蓋を開く。


その箱は宇宙なのかもしれない。


宇宙の箱(cosmic box)にはなにが入ってるんだろ。


















ほんとの"わたし"って


実は固定されるものではなくて


もっと大きなもの、


神とか

宇宙とか

ヒカリとか

創造主とか

ソースとか


そんなんだろうな、と。





個人じゃなくて

特定の誰かじゃなくて

すべてなんだろうな。





みんなそこに還りたいんだろーな。







"わたし"を越えたところにあるんだろーな。





なにもないけど

全部あるんだろーな。







全部を経験して

ここに辿り着くんだろーな。





全部は経験しなくて良かったけれど

わたしはやりたかったんだろーな。







好奇心で生きてるからさ。


輝くその目ですべてを見たかったからさ。

 

 

 

 

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